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「村上春樹に会いに東京へ旅をするということ」という記事を読んで

今月のクーリエジャポンの記事で「村上春樹に会いに東京へ旅をするということ」という記事を読みました。村上春樹さんの作品はほとんど読んでおり、けっこう熱心なファンだと自負しておりました。しかし最近まとまった時間が取れなかった事と、あまりもの騒がれかたに引いてしまった事もありましてまだ1Q84は読んでおりません。

この7ページの記事がよかったのです。アメリカ人ジャーナリストが村上春樹を訪ねて東京に(題、そのまんまですね)くるわけですが、その時の話とジャーナリストの彼の村上作品に対しての考察が書かれています。

村上作品は好き嫌いが分かれます。私は大好きですが、作品によってばらつきはあります。ネジ巻き鳥や世界の終わり、羊をめぐる冒険やノルウェーの森は大好きですが、スプートニクや海辺のカフカはそうでもありません。実際、ウチの奥さんはアンチですね。友人にもあれの何処がいいのか分からない!っていう奴が数人います。好みなので、嫌いでも構わないんです。でも自分が何で村上作品が好きなのかや、作品の魅力を相手に充分に伝える事が出来ないことがもどかしいんですね。

以下引用p63
興味深いのは、この種のこと、つまりフィクションが現実に溶け込み、現実がフィクションに溶け込んでいく過程こそ、村上の多くの作品の主題だということだ~村上の作品では、読者はつねに異なる世界のあいだを行き来する。

大人の御伽話と揶揄する向きもありますが、ちょっと無理がありすぎる展開を読者を引きつけながら、半ば強引に読ませてしまうところは流石です。しかもそれが何というかとても個人的な打ち分け話のような感覚を持たせるところも、個人的に感じます。読後感はスッキリしたところもあるのですが、読む度に感じるところが違ってくる深みがあると思います。

村上春樹が「風の歌を聴け」を書き始めた時に最初に英語で書いてからそれを日本語に訳したというのは、けっこう知られた話です。実際、翻訳の仕事も多く、グレートギャッツビーやニュークリアエイジ、ライ麦畑で捕まえて、などを翻訳してます。それらを読んでもやはり、村上春樹のテイストを感じることができます。



以下引用p64
もしかすると翻訳こそ村上作品の構成原理とさえ言えるかもしれない。彼の物語は、翻訳された物語であるだけでなく翻訳についての物語でもあるからだ。村上の物語の独自の面白さはごく普通の日常が突然、非日常的なものへ変化していくことにある。実在的にそれなりにスムーズな生活を送っている登場人物たちが急に見慣れない場所に引きずり出され、二つの現実を仲介することを強要され、それを不器用にこなしていく。ある意味、村上の小説の登場人物は平常と異常、自然と超自然、田舎と都会、男性と女性、地上と地下といった非常に異なる世界の通訳者を努めるといってもいいだろう。



これだ!と思いました。恐らく村上作品に惹かれる一番の理由というのは平凡な日常からのシフトであり、二つの異なる世界、現実を強要されるところに現実逃避というか、入り込む隙間があるんだと思ったのです。パラレルワールド的なものを感じさせる物語。もし自分が居るコトが出来るかもしれないもう一つの世界が有ったら、ちょっとワクワクします。

今年の年末にでも、今更ですが1Q84を読んでみようかなと思いました。ちょっと違う世界にいってみようかと思います。予算の関係で海外旅行も厳しそうなので。
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