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『BIUTIFUL』を観ました…

『BIUTIFUL』を観ました。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の映画を観たのは初めてで、バベルが良かったという話は聞いてました。でも私は余命二ヶ月の父親の生き様というストーリーに惹かれ見て観る事にしたのです。

実際、二時間半のこの映画ですか、私は観終わるまで忍耐力が必要でした。最近二時間ちょっとの娯楽作しか観てないので尚更なのかもしれません。そして観終わってからもスッキリしなさが残り、何というか心の何処かににクサビを打たれたような感じがして、後になってから色んな事を考えさせられるました。結論も無くただっぴろい処に放り出された感じです。観終わるまで大きく感情を揺さぶられる事も無く泣もせずにズシーンと重い世界に浸りました。救いは無く架空の世界では事態は悪くなるばかり。人も死にます。でも本当の世界はこんなものなんですね。

主人公の男は病院で癌で余命二ヶ月である事を宣告されます。霊媒師でブローカーである男の日常は変わることはありません。別居中の奥さんに代わり子供二人の世話をしながら移民に仕事を斡旋し法の向こう側でゴタゴタに、巻き込まれていきます。

霊媒師の仲間?みたいな女性の処に行った男は言われます、「あなたは死ぬんだから、身の回りの整理をしなさい」と。でも残された時が進むに従い現実はこじれていきます。家族の関係も再生される事は無く、むしろ解体に向かいます。でも観ていて感じたのは強烈なリアリティでした。人はいつか死ぬし、本人の都合のいいような死に方なんて中々出来ないのかもしれません。幼い子供を残した父親が全てを整理して逝くなんて綺麗事は起きませんでした。

この映画を観て思い出した事があります。ずいぶん前に聞いた日経ビシネスのPodcast(今はやってません)で人の生きる意味の話になりました。そんな事は一言でくくられるものではないし、簡単に言って欲しくないと思ってましたが、編集長はそれに付いて一言言いました。生きる事の意味というのは「その人の一生を生き切る事である」と。

私はどちらかと言えばシニカルな人間だと思います。だから家族の為にとか、社会の為にとかそういう表現を他人から聞いてもピンとはこないのです。自分の中で予想もしてなかったこの言葉は私の中で響きました。「生き切るために生きる」というとちょっとした禅問答みたいですが、その後きっちり自分の中で意味をなしてます。この映画を観て主人公は生き切ったなぁと思ったのです。何にも成し遂げず、もがきかなさから行き切った姿はあまりカッコ良くも無かったけど、私の何処かにクサビのように突き刺さっております。

人はいつか死にます。自分の望む形でそれを迎えられる人というのはそんなにいないのかもしれません。冒頭で梟の死体を見ながら梟は死ぬ時に毛玉を吐き出すんだって話になりますが、その毛玉ってのはなんの比喩なのか今も考えています。この映画はとても好きな映画です。
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