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サンデル教授の「それをお金で買いますか」を読みました

マイケル・サンデル教授の「それをお金で買いますかー資本主義社会の限界」を読みました。原題はwhat money can't buy -the moral limits of markets となってお金で買えないもの~という感じのタイトルになってます。




前作の正義についての話と同様、今回も明確な答えに導かれる訳でもなく、ある意味、極端な今、世界で在る現実を突きつけられます。お金に変えられるものや、お金で得れるもの…そしてそれが道徳的に許されるものなのか?もしくは市場の論理に照らして、売り手と買い手が満足出来るものであれば何処まで許されるのか?などいろいろ突きつけられます。

またお金が介入する事によって意味合いや動機、又は後味的なものが変わってくる事も多くあります。日本では額に汗して得たお金は尊く、不労所得や投資で売り抜けたお金に対してはやましいイメージが有ると思います。そういうお金を得る手段の良し悪しについて考えていくと道徳的な事や倫理観にぶつかる事があります。

様々な権利を売ることやインセンティブを付けることなど。公正で有るべき事がお金が絡む事で歪んでしまい腐敗につながる事も多くあります。

様々なケースを通して自分の考えはどうなのか?どう有るべきなのかを考えていくと頭の中をシェイクされてる感じがして面白いですね。

例えば本書で取り上げられていたバイアティカルという生命保険のもう一つの使い方が在るそうです。80年代のエイズの流行がきっかけで生命保険買取産業という市場が出来たそうです。例えば10万ドルの保険に入っている余命一年を医師に宣告された患者が、医療費と余命を豊かに生きるためにお金を必要としてた、とします。ある投資家がこの保険を5万ドルで買取り、患者が必要としてる2万ドルを用立てて、毎年の保険料も代わって支払う。その代わり原契約者が亡くなったら投資家は10万ドルを受け取れるというアイデアです。

これは話が三者間で話がまとまっているのであれば申し分のない取引のように見えなくもないですが、この患者が死ぬ事によって利益を得る構造はアメリカで論議を呼んだようです。

でも本当に必要なお金を必要な時に差し出すことは、ある意味足長おじさん的な意味を見つける事が出来るかもしれません。(結論に目を瞑れば)

またバイアティカル投資で投資家が得る利益と、検死官、葬儀屋、墓掘り人が得る給与の何が違うのか?と聞かれると答えに窮する所もあります。この人たちは人の死によって収入を得るわけでその関わり方に良し悪しがあるのかという事です。

実際、道徳や倫理観的な事まで話が及ぶとおかしな事は世の中に溢れています。全てを賭けの対象にするイギリスのブックメーカーは完全に合法だし、金融商品のデリハティブのCDSは今や倒産保険のもしもの時の保証の意味合いよりも潰れそうな会社のCDSを買って儲けようという動きの方が多かったりするようです。

いろんなものが複雑に絡まり合った今のマーケットでは、トレード自体がマシーンによる高速取引になり、アルゴリズムによる自動売買が、深刻なマーケットクラッシュを引き起こし暴落するという事もありました。


この本を読んで思うのは自分の視界の狭さや基準の脆弱さです。自分の信じているものなど簡単に崩れかねない世の中で生き延びるためには、常に自分の基準やパラダイムを疑い、世の中がどうなって行くのかという仮定を立てていく事が大事なのかと思いました。
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