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走ることについて、思うこと


来月の16日に初めてフルマラソンに挑戦します。ランニングを始めておよそ二年が経ちました。ダイエット目的ではじめたランニングも走る事自体の楽しさと苦しさが病みつきになり、強制観念に近い感じで毎日走っております。

ちょっと極端な性格のため、一度休むともう走らなくなってしまうんじゃないかという恐怖があります。毎回、走る距離を決めてトレーニングする訳ですが、自分で決めた事をやるとスッキリします。逆に走らないとトイレに行って手を洗わなかったような変なモヤモヤ感が残ります。

走る事が、自分にとって生活の柱の一つになったきっかけのような経験がありました。それは去年の四月に行われた笹川流れマラソンでハーフを走った時の経験です。

当日は快晴。二回目のレース参加で気分は高揚してました。この大会は笹川流れの海岸沿いの素晴らしい景色を望みながらの最高のコースをランナー達が走ります。いつもより碧く見える海岸と岩山の対比はまるでエーゲ海を見るようでした。しかしながら、コースはアップダウンが激しく今まで経験した事のない過酷なランとなりました。

18K辺りまでは何とかこれたんですが、そこから先はもう気合いです。リタイヤするのは家族の手前、絶対嫌だったし気持ちで走りました。スタート地点まで戻ってくると、最後にゴールの廃校になった小学校に向かう見上げるような坂道を上がるだけ、歩かずに踏みしめるように坂道を上がると左手にゴールがチラッと見えました。感じたのは安堵感、やっと終わる、もう走らなくてもいいんだ!っていう事だけでした。感動や感傷的な事はまるでなく、ただ終わるんだって事だけでした。

鼻がツーンとなって直ぐに涙が止まらなくなりました。号泣です。戸惑いました。嬉しいわけでも悲しいわけでもないのに、何で俺が泣かなきゃならないんだって思ったら、少し腹も立ちました。ゴールには妻子が待ってたので、泣いてる事を隠すのに必死でした。まあ、汗まみれなので汗も涙も一緒なんですけどね。
不思議な涙でしたが、すごくスッキリもしました。モヤモヤしたものを吐き出したような、リフレッシュした感じですね。

後になってもあのゴール前の感じはずっと喉に刺さった魚の小骨のように、心の中に引っかかってました。でも何かの拍子にストンと府に落ちた感じがありました。それは自分の意識外の自分が、潜在意識的なモノが表面に現れた結果だったんじゃないかという仮説です。

走るコトは自分と向き合うことでもあるように思います。ランナーズハイのようなトランス状態に入れば幸福感で一杯ですが、そうでない時は仕事や家族や最近の出来事などいろんなことが頭を下げよぎるわけです。

そんな時でも、自分本体は走り続けてる訳だし、ある意味たまったもんじゃないかもしれないですね、走らされてる方は。そんな中でレースが終わりかけて、主が弱ってる時に、押さえつけられてたモノが全面に出て来たのかもしれません。

今でもあの感覚は、ハッキリ覚えています。自分で仮説を立てたら、あの感じをまた味わいたくなりました。今年のさくらんぼマラソンの時も実は途中、似たような状態になりました。その時は自分の脚やカラダに感謝しました。いい気持ちでした。おっさんがどんな風に走ってるかなんて、人は見てないから、もう気にもしないですよ。

初めてのフルマラソンの最終局面でどんなものが見えるのかは、上手く想像出来ません。同じ様に鼻がツーンとしてくるかもしれないし、別の症状が表れるかもしれません。ゴールした時に新しい景色が見れたら、最高ですね。no running no life! です。
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毎日を楽しく!投資とランニングとMac、音楽、読書、英語学習、映画など興味は尽きませんが、日々のアウトプットとして。

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