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アメリカでの腎臓移植を受けた男性が提供した女性と結婚した話を読んで漫画の「新ブラックジャックによろしく」と映画「My sister's keeper (邦題:私の中のあなた)」を想う

タイム誌のオンライン記事で腎臓移植を受けた男性が提供した女性と結婚した話を読みました。

Man Who Received Kidney Transplant Marries His Organ Donor.
What better way to say thank you?


以下、概要で

12歳の時に腎臓病と診断されたカイルは高校の上級生になるまで、家族や多くの友人達から臓器の提供の申し出を受けるものの、マッチせずに17歳で透析を始め、そして医師は19歳までしか彼の腎臓は持たないのではないかとみていたようです。

しかし、チェルシー・クレアと会って彼の人生は変わります。彼女は離婚していて子供が1人います。家族の友人がカイルの臓器提供について手伝ってたので彼の事は聞いていたようですが、年下の彼とは直接の接点はありませんでした。

地元の自動車の展示会で出会った2人は惹かれあっていき、彼女の新車でデートして間も無く、大きな理由もないままチェルシーは彼に肝臓を提供することを決意します。

彼女の申し出はカイルにとってありがたかったものの、マッチングなどを含めて全てが上手くいくとは思えなかったようです。今まで最終的にうまくいかず、そのたびに落ち込んできたのですから。しかし、クレアとの臓器のマッチングは完璧で、腎臓移植が進められることになります。そして6ヶ月後に移植は無事に終わります。

今年の10月12日は腎臓移植からちょうど3年。2人は初めて出会った車の展示会が行われた会場で結婚式を挙げたそうです。


記事の冒頭でも言われてたけど、そのままハリウッド映画になりそうな素敵な話です。見事なまでのハッピーエンド。人生の中ではたまにこういうパズルのパーツがピタッと収まるかのような偶然というか、必然としか思えないようなことがあるのですね。


カイルは我々には経験した人にしか理解出来ない特別な繋がりがあると言ってます。確かに恋人や夫婦と言っても所詮は他人。自分の臓器を他の人にあげることはある意味家族の血の繋がりよりも強いかもしれません。

臓器移植はそれまでの関係を大きく変えるものであるようです。例えば、臓器提供を自分がドナーになると仮定して考えてみます。もし自分の家族が臓器移植を必要とする状況になったら、おそらくそんなに躊躇せずに提供出来ると思います。でもそれがとても親しい友人であったとしても、話はそんなにシンプルではないと思います。他人に臓器を提供するという結論を自分や自分の周りの人が出せるとは思えません。それはおそらく文化や宗教的な背景があっての事なんでしょうね。

そう考えると、「最近会ってするようになった気に入った人に腎臓を提供することにしました」という話は、少なくとも日本では考えにくい事なんではないかと思います。

この話を読んで漫画の「新ブラックジャックによろしく」を思い出しました。日本の医療での非血縁者間の臓器の移植というのはハードルが高いようです。話の中で研修医の斎藤先生は同僚の看護師である赤城さんに腎臓を提供しようとするのですが、倫理的問題とそれぞれの事情で話は拗れていきます。

腎臓は体の中に2個あって1個とっても大きな問題はないので、その1つを患者に提供すれば病気は克服出来るのだそうです。しかし日本では臓器は無償で善意の提供であるべきで、提供者が家族間、あるいは親族間の間であればそれが自然な感じはするのでしょうが、それが他人同士であれば何らかの利害関係が疑われるかもしれません。作中でも言われてますが例えば、臓器提供した新婚の妻が2週間前に来日した外国人妻だったり、ヤクザの親分への臓器提供がその子分であったりすれば無償の善意の提供という前提はグレーになってしまいます。

臓器提供が無償の善意の上で行われるとして提供する人は皆、相手に生きて欲しいからするんだという単純な事ではあります。それでもそのために自分の体内からその一部を差し出すという事へは踏み切りづらいんじゃないかと思います。

実際、タイム誌が参照したインディアナポリス・スター誌の記事

Kidney transplant patient in Brownsburg finds perfect match - and more


によれば、チェルシーはまだ誰かが他人に臓器を提供するのかよくわからないし、なぜ彼女が決断したのかをよくわからないと言います。彼女は外科手術を受けたこともなく彼女母親は臓器提供には反対だったようです。しかし彼女の決心は固く(この辺りの親子関係は日本のそれとは大きく違うなと思います。何よりも本人の意思が尊重される) カイルは健康な身体を手に入れるわけです。

チェルシーの父親は骨髄移植を受ける必要があったものの、受けれずに亡くなっています。その経験が彼女の決断に関係しているようです。

また30年後くらいにはカイルが新しい腎臓が必要になる可能性もあるようですが、その時にはチェルシーはもう差し出せません。


そんな事を考えてたら数年前にたまたま劇場で観た映画「My sister's keeper (邦題:私の中のあなた)」を思い出しました。キャメロン・ディアスが母親役で出てる映画なのですが、これがとても良くて大好きな映画です。家族で観てそれぞれが号泣しました。白血病の娘、ケイトを救う為に両親はあらかじめドナーとして妹を産む事を選択します。その妹、アナは11歳になるまで幾つかの臓器提供を行いこれ以上姉のために手術を受けるのは嫌だ、ということで自分で弁護士を訪ねて両親を訴える事にするというストーリーです。訴えた後で被告と原告は同じ家で表面上はそれまで通りに生活していきます。設定だけを読むとどんな近未来ストーリーかよ?って感じなのですが、これが素晴らしいんです。それぞれのキャラクターをしっかりと描いてあって (長男のキャラクターだけがわかりずらかったかも) 話が進むにしてがってわかってくるそれぞれの想いがとても染みました。

この映画の脚本と監督は「君に読む物語」のニック・カサヴェテスです。キャメロン・ディアスにはあまりいい印象を持ってなかったのですが、バタバタせずに葛藤する母親を好演してました。父と娘の関係という面でも感情移入してしまい、涙腺決壊してしまいます。

ところでカイルとクレアは腎臓移植の成功を記念して10月12日にスパーキーパローザ (カイルが移植された腎臓はスパーキーと名付けられたそうです) というパーティーを毎年行い (結婚式の後もこのパーティーになだれ込んだらしい) クレアは彼女が提供した臓器をプリントしたTシャツを着て祝うそうです。こういう明るさというのは、日本人のメンタリティではなかなか出来ないもんだなと思いました。夫婦喧嘩した時には「私の腎臓返しなさいよ!」という時もあるそうですよ。


注( 誤訳、または誤解から間違った情報が書かれているかもしれません。その際はお知らせくださいませ。
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