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「人質の朗読会」小川洋子氏著を読みました

先日、「死が怖くなくなる読書」一条真也氏著を読みまし て、その中で「人質の朗読会」が紹介されてまして気になって図書館で借りてきました。

この本の紹介の中で「読書という行為には、グリーフケア=死別の悲しみを癒す 機能がある」と書いてありまして、この小川洋子氏のフィクションの設定にも惹かれて読み始めました。

全体を通して漠然とした印象はありますが、作品から受ける感じは思ってたより感情的なものではなくて (この短編を語っている人達は意図せずに海外でテロリストの人質になってしまい、その人質生活の中でそれぞれによって語られた話が録音されたものが紆余曲折あって人質達の死後に公開されたという設定) むしろ淡々としていて抑揚もあまりありません。ただしそれぞれの話の中には確実に死の影のようなものが感じられます。

人質になった人達がおそらく退屈を紛らわすために話した話には何かしら異質なものが含まれてる気がしました。日常生活から少し外れたところに別の世界があってその世界に引きつけられていくような感じです。それぞれが話す世界には死の影のようなものが自然にはっきりと見えます。でもそれらは悲壮感や哀しみという感情をとりぞいたもので、持て余してたり、えらく唐突に現れたりするようなもののようです。

普段、自分が生活する中でニュースでは毎日何かしらの理由での誰かの死が伝えられますが、それぞれの件はとても気の毒だけど、自分とは結局つながりのないもので「死」というものは向こう側のものであると思いながら日々過ごしているんじゃないかと思うのです。

漠然とした話の中で語られる、今までうけいれられなかった大切な人の死に対して偶然の出来事から折り合いがつけられる話や、関係の無い人からしたら滑稽にも思えるようなんだけれども、えらい深刻でどこか死に関係する話があるのですが、どの話も何かしら厳かな感じになっているのがとても不思議です。

先日読んだブックガイドではこの本が出版された時期から東日本大震災と関連づけて鎮魂的な流れに持っていくような流れでした。しかし、この話が何回かに分かれて雑誌に掲載されたのはあの時よりも1年以上前からです。

それでも最後のハキリアリの話では何故だかよくわからないけれど、そのハキリアリの行進のイメージと、あの震災で亡くなられた多くの人達の何かが重なるような印象をうけました。


この本で語られる幾つかの話を読んで感じたのはつげ義治の「ネジ式」を読んでいるかのような不条理感であり、納得するような死なんてないのかもしれないという事でした。それでも9つの短編の流れがとてもスムースで話としての繋がりはないのですが、聞き込んだお気に入りのアルバムの曲順のように絶妙な流れで、じっくりと読後感に浸れました。

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